第15話「ベルビューホテルの話」

更新日:2023/03/04

 流石に2月は足が早く、瞬く間に年度末となりました。慌ただしくされている方も多いと思いますが、一息ついてお読みください。さて、今回は南山手にかつて存在したホテルの話です。

 

 私は祖父と同居して育ちました。物心がついた頃、明治生まれ祖父は、かなり高齢で時々訳が分からないことを呟いていました。当時は年寄りの独り言と聞き流していたのですが、後になって思いもよらぬ真実に気づくことが多々ありました。今回の話もその一つです。

 長崎市の江戸町にベルビューと言うホテルが建っています。正確には「ベルビューホテル長崎」と言い、離島便の発着港である大波止や観光名所の出島に近く、いつも賑わっています。このベルビューホテルの前を通るたびに祖父は「これはベルビューホテルではありません。」と呟いていました。看板にベルビューホテルと書いてあるのに、違うとはこれ如何に、まあいつもの独り言と相手にしていませんでしたが、後日真意を知ることとなりました。

 

 開国後の居留地時代、イギリスを始めヨーロッパ各国から東・南山手に外国人がやって来ました。ほとんどは日本との貿易を行う商社マンでしたが、中には観光目的の人々もいました。当然、宿泊施設が必要となり、1863年南山手にホテルがオープンしたのです。このホテルの名前が「ベルビュー」だったのです。イギリス領事館の職員の妻であった、マリー・エリザベスが創業したベルビューホテルは、日本最初の西洋式ホテルとして外国人観光客に人気を博し大盛況でした。さらに東・南山手に居を構えた商社マンたちの交流サロンとしても賑わったのでした。その後何度かオーナーは変わりましたが1920年代に幕を閉じるまで、憧れのホテルとして歴史に名を刻みました。

 

 祖父はデンマーク資本の「大北電信(The Great Northern Telegraph)」に勤めていました。当時の日本人には珍しく英語が堪能だったので通訳も兼ねてです。若き日の祖父にとって、各国商社のトップと国内政財界のお偉いさん専用のベルビューホテルに入れることは、何よりのステータスだったに違いありません。

 ベルビューホテルがあった場所には、現在、ANAクラウンホテルが建っています。ホテルの窓から見る眺めは、きっと昔と変わらないことでしょう。

(ちなみに、ベルビューホテル長崎は伝統あるホテルの名を冠した、とても素晴らしいホテルです。)

 

        「ベルビューホテル」(1863-192?年)

 

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