第32話「虫虫地獄と夾竹桃の話」

更新日:2024/08/03

 窓を開けると、喧しい蝉の声と甘い花の香りがする季節となりました。さて、今回は芸能人シリーズを1回お休みして、季節感漂う南山手の植物の話です。

 

 かつて我が家の庭には様々な樹木が植えられていました。夏蜜柑、梅、なつめ、ぐみ、桜、薔薇、椿、その他名前も知らない果実がなる木。更にご近所を見回すとイチジク、バナナ、フユサンゴなどもあり、季節ごとに漂う香りが住人を和ませていました。よく考えるとこれらの樹木には共通項があります。植えられているほとんどが「果実がなる木」だったのです。合理性を重んじるイギリス人、花を愛でるだけでなく食用として植えていたようです。

 そんな中で異彩を放つのは「夾竹桃(きょうちくとう)」です。この季節になると白やピンクの綺麗な花を咲かせるこの樹木、目にする機会は多いと思います。甘い香りも漂わせ鑑賞用として申し分ありません。ところが不思議なことにこの木には蝶も蝉もとまりません。虫取りが日課だった子どもの頃からの疑問でしたが、遂に謎が解けました。

 実は夾竹桃、強い毒性があったのです。強心配糖体のオレアンドリンとよばれる成分で、 嘔吐や下痢、めまい、倦怠感などの症状を引き起こし、運が悪いと命を落とすこともあります。さらに樹液や葉はもちろん、燃やした煙や周辺土壌まで有毒というとんでもない樹木でした。毎年、知らずにこの枝で焚火をしたり、バーベキューの串にしたりして病院に担ぎ込まれる人が出ています。福岡市では学校に植えてあった夾竹桃を、全て撤去したことがニュースになっていました。なぜイギリス人は、こんな物騒な植物を庭に植えたのでしょう。

 

 先日、長崎大学名誉教授の中西弘樹先生(植物生態学専門)と夾竹桃の話になりました。夾竹桃はインド原産、中国経由で江戸時代に渡来したそうです。居留地に植えられた時期ははっきりしませんが、住宅が建てられた後に植えられたものだろうとの事でした。肝心の植えた理由は、賢明な読者の皆さんの予想どおり「虫よけ」のようです。居留地の洋館の窓は内開きのガラス窓と、外開きの鎧戸です。構造的に当時の網戸である簾や蚊帳は付けられません。当然、夏場に窓を開けると見るも無残な「虫虫地獄」になります。蝶や蝉はもとより、蠅や蚊、蜂や虻までが室内に溢れます。これにはさすがのイギリス人も往生したに違いありません。毒性が強い夾竹桃は当時の防虫剤だった訳ですね。

 

 残念ながら我が家の庭に夾竹桃はありません。夏場は窓を閉め切って空調で凌いでいますが、油断して窓を開けると一気に「虫虫地獄」です。洋館の窓にフィットする網戸を開発してくれる企業が現れるのを切望する毎日です。

 

「甘い香りを漂わせる江頭邸の夾竹桃」

 

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