第22話「気のどくな富三郎さん(5) - 暗転 -」

更新日:2023/10/01

 中秋となりましたが、日中の日差しはまだまだ厳しいです。長崎では秋の大祭「おくんち」が7日から始まります。4年ぶりの開催、更に3連休、ぜひ観光にいらしてください。さて、富三郎さんの話もいよいよ大詰めです。どのような展開が待ち受けているのでしょうか。

 

 本題に入る前に、当時の日本の状況を確認しておきましょう。開国後、政府の努力と欧州列強の邪な思惑で、かろうじて植民地となることを逃れた日本は国力増強を図ります。本来、土地も資源も乏しい国なので、列強に倣って領土拡大に打って出ました。相手は清朝中国、無謀とも思えたこの日清戦争に日本は勝利し、広大な土地を手にしました。この利権を奪おうと横槍を入れてきたのは大国ロシアでした。国力の差は歴然、長期戦に堪えないと踏んだ日本は、イギリスと同盟を結び、欧州列強の後ろ盾のもと短期決戦でロシアを下します。欧州列強にしてみれば、代理戦争をしてくれる便利な後進国と見ていたのでしょうが、当の日本は大国相手の連勝やその後の第一次世界大戦に同盟国として参戦したことで、すっかり舞い上がってしまいました。

 

 祖父と富三郎さんが親交を深めていた1920年代から1930年代後半は、第一次世界大戦も終わり日英同盟のもと国家間も良好な時代でした。暗転のきっかけは1937年の日中戦争です。日清戦争後、日本が支配していた満州国に攻め込んだ中国軍を連合国が支持したのです。更に石油の輸出も制限されました。あまりの冷遇に日本はドイツ、イタリアと同盟を組み戦争へ向かっていったのです。政情不安を受けて外資系商社は次々と日本から引き揚げだします。祖父が勤めていた大北電信も、富三郎さんのホーム・リンガー商会も休業状態となりました。二人とも職を失ったのです。

 1941年、遂に日本はハワイを奇襲しました。第二次世界大戦のはじまりです。同時に開戦したドイツがソ連に勝って有利な条件で連合国と調停するという政府の目論見は、ドイツの敗戦で裏目に出ました。資源が乏しい日本は長期戦には向きません。負けるとわかっていながらも、引くに引けなくなり長く不幸な戦いが始まりました。

 日増しに戦局は厳しくなり食料も物資も枯渇する中、人々が一番恐れたのが召集令状でした。赤紙とよばれ、「健康」な「日本人」男子を有無を言わせず戦地に送り込む恐怖の通知です。赤紙が届いた家から嗚咽が聞こえる中、「障害者」の祖父と「混血児」の富三郎さんに召集令状が来ることはありませんでした。晩年祖父は、この足のせいでお国の役に立てず悔しかったと話していましたが、日本人としての自負が強かった富三郎さんも同じ思いだったことでしょう。そんな思いと裏腹に二人には世間の厳しい目が向けられます。

 「戦争に行かない非国民」「敵国の金でいい暮らしをしていた売国奴」非難や罵りの声が上がり、あからさまな嫌がらせもあったそうです。それまで世話をしていた人々からも手のひらを返したように冷遇され、二人とも人間不信になり外に出なくなりました。

 

 苦労して登りつめた日の当たる場所から、一気に暗黒の泥沼に突き落とされた二人、悪いことは更に続きます。続きは次回最終話で。

 

    「 召集令状」(平和祈念展示資料館 所蔵)

 

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